1歩ずつ成し遂げる

自営農園プロジェクトは全部を1度にやろうとしないこと。農場計画をつくり、優先順位をつけてから、すこしずつ進めよう。

 

自営農園に動きがない時期を楽しみ、農園の美しさに気づく時間をもとう。Photo by Adobe Stock/DebraAnderson 

文:ジョエル・サラティン (Joel Salatin)

翻訳:浅野 綾子

  

父はよく言っていたものだ。「ゆっくり急ぐ。」と。そんな時、父は内心気が急いていた。でも、年をとるにつれてこの言葉の深い意味がわかるようになってきた。

 私たちは忙しい社会に生きている。まったく、誰に会っても急かされるようだ。自分で自分を追い立てているようにも思う。ホームページが3秒以内に立ち上がらなければ、私は見るのをやめてしまう。慌しくて、息苦しくて、緊張の絶えない世界に住む私たち。何をするのであれ、何でも詰めこんでしまおうとする。急いでリラックスする。急いで仕事をする。教会にも急いで行く。礼拝の最中は時計をチェックする。かつて無いレベルで私たちの前にはできることが広がっているが、全部やってみようとして、頭の中はあれもこれもでいっぱいだ。ストレスを解消するものを探すのも無理はない。休暇を過ごすのに以前よりお金がかかるのも無理はない。そう思わないか? 私たちはこう言うんだ。今すぐリラックスしないと、ってね。昨年はシンプルな結婚式を催したが4万ドルの大事になってしまった。支払いのため、前より長時間働かなければならなくなった。気は確かなのかと思うようなこうしたあらゆる状況が、私たちに「する」ことへのプレッシャーを与える。ご近所はしているのにできなかったらどうしよう、さらには、フェイスブックの投稿にあった他の皆がしていることは少なくともやらないと、と思わされるのだ。

 私の大切なメンターの1人で、雑誌「The Stockman Grass Farmer」の創刊者のアーラン・ネーション ( Allan Nation) はよく言っていた。「生物学的な時間は独自のペースで刻まれる。」と。専門家や技術者があらゆる所にいる、ハイテクで機械的な世界で暮らしている私たちは、自分のペースでことを進めるのに慣れてしまっている。でも、自然界は多くの場合、独自のスピードで進む。当然の結果、自営農園も自然界独特のペースで動くわけだ。

 1日で全部やろうとすれば当然にっちもさっちもいかなくなることだってある。決まって聞かれるんだ。「代替エネルギーは使っていますか?」、「食料貯蔵庫はお持ちですか?」、「ソーラークッカーは?」。 「~はお持ちですか?」や「~していますか?」という質問の集中砲火を浴びた後、もっとできていればなあと申し訳なく思い、後悔の念に駆られている自分に気づく。

 この社会では当たり前になっている目の回るような忙しさを、わざわざ自分たちの農場に持ち込むことはしない。私たちの農場は、自分たちの情熱だけではなく、自分たちに与えられた時間とエネルギーとお金でできることの反映だ。この間、フードトラックビジネス[移動販売]をしようと考えたことはないかと友人から聞かれた。「そりゃ毎日」と笑ったよ。私にはやりたいことを書いたそれはそれは長いリストがある。でもまだできていないんだ。

 私たちの農園では、たくさんの革新的な取り組みをお見せしている。でもこれは表面をかすったにすぎない。というのも、やればやる程、知れば知る程、できるとわかることも増えるからだ。上手くできたなら、それはさらなる発展への布石になる。自営農園を営むことは決してゴールではないと私が言うのはそのためだ。自営農園の営み、それは旅なのだ。

 ミレニアル世代の起業ビジネスコーチであるタイ・ロペス (Tai Lopez) はクライアントにこう言っている。早くできるかどうかに気を悩ますな、進歩しているかどうかだけに気を留めろ、と。2つの違いをわからない、または、進歩よりもスピードを追い求めるとすべてが頓挫してしまう。思い出してほしい。勝ったのはカメだ。ウサギではない。

 時々、帰農する人たちは自分の進歩に満足できない人たちだと思うことがある。私は決まっていつも自分たちが成し遂げたプロジェクトに感動する。失敗があったからといって、有益なプロジェクトの成功を喜ぶ機会を不意にしないでほしいのだ。少しでも進歩したなら喜びで心を満たそう。すべてを1日、いや1年で成し遂げることなんてできやしない。だから、やろうとして神経を苛立たせないことだ。有能なコーチが1歩ずつ進めというのはこういう理由だ。自分の壮大なビジョンを小さなステップに分けずして、ビジョンを実現することなど絶対にできない。

 私たちの農場について言えば、3~5年で完了したいプロジェクトの長いリストを用意している。毎冬、農場の計画会議になるとこのリストを見返して、取りやめにするか修正するプロジェクトがあるかどうかを判断する。お楽しみで、20年間を振り返って昔のリストに載っているプロジェクトを見ることもある。凡人の後知恵で、大笑いにはもってこいだ。「一体全体、何でこれを良いアイデアだと思ったんだ?やらなくてよかったよ」ってね。

 それから、1年間の計画リストも作っている。3~5年の計画リストからピックアップされるプロジェクトが多い。長期的な農場計画に継続的に入るプロジェクトは優先順位が上がる。もちろん、1年間の計画リストに載っているプロジェクト全部をやり終えることは決してない。リストにある計画の1部は取りかかる前に不要になることさえある。このような場合は多くはないけれども。いずれにしても、この1年間の計画リストは急ぎのプロジェクトという感覚がある。

 それから、3ヶ月間の計画リストも作る。次の3ヶ月間に何をしなければならないか。これは1年間の計画リストから考え出される。やり終えなければその次の3ヶ月間の計画が上手くいかなくなる場合を除いて、3ヶ月間の計画リストを変更することはほとんどない。時間の配分とプロジェクトの詳細な計画を立てることは、収支のやりくりの詳細な計画を立てることと同様のメリットがある。次の予定を知り、リストに書かれたプロジェクトの流れを気持ちの上でも感じることで、そのまま緊急事態に突入していける状態をつくる。でも、これはパニックに陥って切迫した状態ではない。コントロールされた、意図的に作り出された忙しさだ。

 このリストの考え方を日常生活にも活かすのは有益だ。私たちはすきま時間計画リストさえつくっている。この計画リストには、1時間もかからない用事が書かれている。あなたにも、仕事を終えて、昼食や夕食まで、または砂利トラックが来るまでのちょっとした時間を持て余すことが少なからずあるのではないか。ぶらぶらして過ごすにはもったいないくらいの時間で、かといって、何か重要なことを本格的に始めるには時間が足りない。ホワイトボードを目立つ場所において、丸めたすきま時間計画リストをはれば、手の空いた数分間を生産的に使うことができる。次に少し時間ができた時に何をしたいと思っていたのかを思い出すのに、このちょっとした数分を使ってしまうことが多い。あー、もう!と思わないか?すきま時間計画リストがあれば、こうした用事がすぐに分かる状態にしておける。手が空いた時はいつでも用事に取りかかれる。

 ここでお伝えしたのは、当然のことながら多くの仕事をこなすテクニックだ。けれども、さらに重要なことは、こうしたテクニックは混乱を秩序ある状態へと変え、進歩を見える化することだ。私たちの農場で一番楽しい活動の1つは、冬の計画会議で1年間の計画リストを振り返り、成し遂げたあらゆるプロジェクトに思いを馳せて満ち足りた気分に浸ることにある。私たちは何もできていないと思いがちな傾向があるが、この満足感はそれを抑えてくれる。

 ここでのポイントは、自営農園の作業を1週間で何とか終えなければならないものと考えずに、楽しむということだ。感情のエネルギーは肉体のエネルギーを動かす。もっと早くしなければならないのにと思うことで頻繁に落ち込むなら、自営農園で働く最大の喜びを見逃している。それは、今までの常識とは違うことに進歩を見ることだ。自営農園族は、社会で当たり前のこととされているあらゆる「普通」のことに頑として屈しない人間だ。もっとたくさんの物、もっとたくさんの金、もっと贅沢な娯楽、もっと外出、もっと外食・中食、もっとたくさんの薬、等々。

 屈するべきでないことが山ほどだ。みんなもそう思うだろう。マザーアースニューズの信条に集う私たちのほとんどは、何らかの転機を経験している。既存のパラダイムに対する挑戦へと突き動かした覚醒の瞬間だ。変化は一晩ではできない。電気器具のコンセントを抜き、自分でやり、消費を減らす。すべて根付かせるのに時間がかかる習慣だ。私たちは行動の手順を学ぶだけでなく、新たな技術も、生き方も学ばなければならないのだ。

 だから変化のスピードを落とすことが必要だ。チキンリトルじゃないが「でも大変なことになる!」と叫ぶ人たちもいるだろう[チキンリトル:イギリスの寓話に出てくる悲観的なヒヨコ]。私の経験では、変化の過程で子供を邪魔者にし、伴侶をないがしろにし、周りを怖がらせながらわき目も振らずがむしゃらに進むよりも、地に足のついた1歩ずつの前進の方が速く、もっと遠くへ連れて行ってくれる。ビジョンに及び腰になれという意味ではない。逆に、私たちは、ほとんどの人が必要だと気づくことさえない変化を起こそうと決意しているのだ。

 でも、道々に咲くバラの香りを楽しもう。少しずつ進もう。優先順位のリストを作ろう。最初に何を育てたらよいかという質問に、私はいつもこう答える。「好きなものを育てることだ。たとえ売るつもりでもね。商売道具のこの在庫を食べないといけない時があるかもしれないよ。」と。エンジニアタイプの自営農園家は、コンポストトイレや、生活排水処理システム、パッシブソーラーの仕組みづくりの上達の方が早いことが多い。それで良いのだ。

 あなたの好きなことや才能を活かそう。一部のビジネスコーチが言う、はじめにすべきことを最初にしてないけない。興味のあることをするんだ。成功の保証はないが、チャンスは間違いなく広がる。成功は成功を呼ぶのだ。1番の好物を最後にとっておいて、最も気の進まないものを最初に食べる人もいる。それを自営農園のプロジェクトでしてはいけない。簡単なことを最初にやろう。実際にできると思うことをやろう。それが上手くいけば、今自信がないことに取り組む自信がつく。

 それか、よくあることだが、難しいプロジェクトに取りかかる頃までには、2、3人の新しい友人ができて、彼らが得意なことを生かしてあなたに難しいプロジェクトについてのアドバイスをくれるかもしれない。進歩しているなら心から喜ぼう。旅を楽しもう。1歩ずつ歩みを進めるのだ。

 

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Incremental Development on the Homestead

October/November 2018

By Joel Salatin