菌根菌:驚くべき地中の秘密で良い菜園を

より健全な土壌と、より良い収穫を楽しむには、菌根菌との協力関係を育てよう。


文 ダグラス・H・チャドウィック(Douglas H. Chadwick)


歴史を通して人々の生命に対する解釈は、ありとあらゆるすばらしい物語や複雑な哲学を含んでいた。ただ事実は本当にそこには含まれてなかった。それは科学の台頭に伴って変わり始めた。科学の機運は16、17世紀に急激に勢いを増した。学者達は先を争って外来の動物や興味深い植物を収集・分類し、自然の全体像をつなぎ合わせることを夢見た。そしてオランダの眼鏡のレンズメーカーが最初の高性能な顕微鏡を作ると、科学者たちは目の前にあるもの(土や古いパンや泥水など)をじっくりと見た。すると長年彼らが明らかにしようとしてきた世界は突然、十倍か百倍、いや千倍も複雑で、奇妙で、美しく、いままで誰も想像できなかったくらい多くの意味で生き生きとして見えてきたのだった。


有益な微生物のミクロの世界

 私たちは自然の生息環境というと、主に植物界と動物界という肉眼で見える2つの生物界に限定して定義しがちである。しかし最も生物活動が活発で種と遺伝子の多様性に富んでいるのは、現在科学的に認識されている範囲では、細菌類、古細菌類(以前は細菌と見なされていたが、まだ研究があまり進んでいない生物形態上の区分)、原生生物(ほとんどが単細胞の藻類と原生動物)、そして菌類の4つだ。これらの大部分は顕微鏡でしか見えない程小さい。裸眼では見えないが、土の中に充満し、水の中に満ち溢れていることがわかっている。そして空気中にもたくさん漂っている。彼らは全ての植物や動物の表面だけでなく内部でも盛んに活動している。大気の上層部から海の底、岩の層の内部にまで至り、既知の宇宙にある星にも数で勝る微生物は、文字通り地球を生きている惑星にしている生物なのだ。

 多くの人にとって、微生物はほとんど「目に見えないので気にしない」という類のものだ。他には、化学薬品のスプレーを手に、カビの胞子や宙を舞って病気や腐敗を誘発する他の見えない遊走細菌などの「病原菌」を想像し、頭の隅から追いやることができない人も。どちらにしても、こうした「微生物」も「生物圏」の内なのだとする生物形態のより幅広い見解となるのに時間がかかっている。だがある種の微生物は畑の収穫量を上げるなど、その有効性が明らかになるにつれて人々の注目は増している。ここでとりあげるのは、このような畑の作物と相互作用する菌根という驚くべき菌類だ。

 

有益な菌類の舞台裏

 私は野生生物学者だ。何十年も前、砂鉱採掘によって砂利がむき出しになった河岸を元に戻す活動をしている団体を訪問した。彼らは柳とハンの木を植えて河岸を安定させ、さらなる侵食を防ごうとしていた。それから他の植物も再び移植し、在来のマスや産卵するサケの為に日陰をつくって水を冷やすという計画だ。私はすでに青々とした葉の中の巣に鳴鳥たちが戻り、ミンクやカワウソやクマが岸辺を巡回するところを想像していたのだが、通常なら丈夫な柳やハンの木が育たなかった。それどころか枯れてしまって岸はむき出しのままだったが、次に彼らがある特定の菌類を含む培養液に根を浸してから植えると改善された。この手法は今日では一般的だが、当時はそうではなかった。この訪問はその後の私の庭の木を植える方法を変えただけでなく、生態系の中で最も重要な野生生物に対する自分の視点が間逆かもしれないと気づかせてくれた。

 きのこと呼ばれるものは、単に菌類が胞子を出すために成長した一時的な構造体形態である。菌類の本体は一般的には「菌糸」と呼ばれる細く枝分かれした糸の網状組織で構成されている。時折、朽ちている木にくもの巣のように広がっている集合体として目にすることがあるが、通常は土の中にいて個々の繊維は細胞ひとつ分の幅しかなく本来目には見えない。菌類の菌糸の網は「菌糸体」と呼ばれている。結局のところ地球で最も大きな既知の生き物は、シロナガスクジラでもアメリカスギの木でもなく、2千から8千年も生きているひとつのとてつもなく大きい菌類の数百トンもある菌糸体なのである。オレゴンのブルーマウンテン(Blue Mntains)に6.4平方kmにわたって広がり、菌糸の網状組織の深さは平均してわずか6090cm。一方でほとんどの種の菌糸体は小さいのだが、土と同じくらい普通に存在している。ほとんどどこでも一つまみ土をつまめば、何kmもの菌糸が手の中にいるのだ。

 菌類の種類の総数は数百万にものぼる見通しだ。菌学者はこれまでに10万種近くを確認している。そのうち6千種近くは植物の根と相互作用する。それらは大きく分けると根の細胞の外にとどまるタイプ(外生菌根菌)と、根の細胞に浸透するタイプ(内生菌根菌)の2種類に分類される。どちらの場合でも有効成分の継続的な交換がもたらされる。光合成によって植物が生産する糖のうち10から20%は根菌によって吸収される。お返しに根菌は多くの必須な栄養素を植物に運び干ばつへの抵抗力を増加させる。菜園家にはより高い収穫量という結果がもたらされる。土粒子の亀裂や割れ目を通る菌糸の網の先端は根毛の最も細いものよりかなり小さいので、植物単体では届くことのできずに秘められていた数百から25百倍もの量の土と接触することができる補助根系となる。

 植物は日々、特定の鍵となる要素(例えばリン、窒素、カリウムと鉄)を十分吸収するという難題を突きつけられている。一方で菌類は、これらの栄養素と土や有機化合物との結合を分解する特別な酸や酵素を生産するのでこの障害がない。私たちはこのプロセスを「腐敗」と呼び、言葉に病的な雰囲気を付け加えているが、活き活きとした活動なのだ。農作業をする人は積み上げられた堆肥でこの分解を目にしている。植物のために重要な栄養素を堀り出して根に取込む、数千とまではいかなくても数百kmでも菌糸をもつ植物の方が、菌類の協力を得ていない植物よりもより速く成長し、健康を維持し、多くの収穫をもたらすのは当たり前でだ。

 

植物の協力者:菌糸体はいかに植物の栄養摂取を向上させるか

 ポーランドの科学者フランツェスク・カミエンスキ(Franciszek Kamienski)は、1880年代に菌類と植物が実は共生関係(互恵的な協力関係)にあることを発見して名声を博した。当時、ラテン語の菌類の根を意味する「mycorrhiza」【マイコリザ、菌根】と命名された。ラテン語と聞いて驚くことはない。「my-core-rise-uh」と言えば良い。複数形は「mycorrhizae」で、「rise-A」と言えば良い。

 少なくとも90%の植物は菌根菌類と共生関係にあることが知られている。組み合わせは11のこともあるが、多くの植物は複数の菌類と結びついており、逆の場合も同様。菌根菌類はもはや例外的存在ではない。彼らは優勢だ。植物の根ではなく、菌根菌類が植物界のほとんどの栄養摂取において主要なしくみになっている。

 45億年前に最初に陸上に群生した植物は、水生の藻類の子孫だ。化石によれば、菌類との共生はすぐに始まった。水を離れる前の原始の植物が、すでに菌類と共生していたと考える人もいる。いずれにしても、菌根菌類は、初期の植物にとって、過酷で予断を許さない水辺の環境のストレスに適応する可能性を大いに改善したはずだ。特にそれらの植物はまだ根が発達していなかったからだ。ある意味では、植物が陸上生活の要求に合わせるのを助けることが、菌根菌類がずっとやってきたことだ。

 菌類は、じめじめした深い森の中にたくさんいると思いがちだが、意外にも開けた低木や草原にもたくさんいる。菌糸の外側には粘着性のある物質が含まれており、細かな土の粒子が固り糸の回りに集まる。これは土壌をつくり、浸食されにくい土地をつくる要因。また、菌のネットワークは炭素を細かい糸の集まりの中に取り込むのに重要な役割を果たす。菌類は鉛、亜鉛、カドミウムなどの重金属を粘着性のある覆いで固めることで、植物がそれらに触れることを抑えている。高緯度、高高度の場所では菌根菌類は冷たい岩石から養分を取っている。湿地帯では菌糸は泥炭の高酸度物質から植物を守る。塩分を含む土地では菌糸は高濃度塩分から植物を守る。菌根菌類は害虫や病気からも植物を守る。

 菌根菌類のしくみや進化、苔類や人類との共生関係については、「菌根菌類と植物の根:共生関係(Mycorrhizal Fungi and Plant Roots: A Symbiotic Relationship)」を参照。

 

畑の菌根菌類

 4億年にわたって発展してきた植物と菌類の共生関係を、農家はどのように活用することができるか。アメリカ合衆国農務省の 農業研究(Agricultural Research Service)の微生物学者デイビッド・ドウズ(David Douds)はこの問題について35年間研究してきた。彼の研究によれば、菌の接種剤は、セイヨウネギ、ペッパー、ジャガイモ、イチゴ、サツマイモ、トマトなどの多くの野菜や作物の生産性を向上させる。

 接種剤は移植の際に苗を強くするが、生産性を高める主な要因は、土壌にいる菌根菌類と健康的な関係を維持することだ。ドウズは耕し過ぎ、特にリンなどの化学肥料や土壌用殺菌剤の使い過ぎを警告する。これらの行為は菌糸体などの有益な微生物を分解したり弱めたりする。耕作、除草、マルチを軽度に行うことで土壌への妨害を最小にし、良好な状態を保つことができる。

 

有益な菌類を増やすためのカバープランツなどの技法

 同様に重要な一歩は、菌根菌類を冬から早春までの期間、生かしておくことだ。これらの作物を助ける菌根菌類は、仲間の植物なしでは生きられない。よく除草、刈り取た畑では菌根菌類が群生するための生きた根が足りないので菌の数が減少しかねない。ドウズは常に作物やカバープランツを植えて畑を空にしないように忠告している。(「夏のベストなカバープランツ」を参照。)秋には、ライ麦、えん麦、ドウズの大好きなヘアリーベッチ【ヨーロッパ産のソラマメ】を植えるとよい。これらの植物は根を広く張り、菌類を宿す。多年生タマネギやイチゴの列は、菌類が越冬するための給水池となる。果樹園ではこのような注意は不要だが、牧草と豆類の植生帯は菌類の混在を保つのに役立つだろう。

 ドウズは9月のまだ畑が栽培中の時期に、トマトの下や周囲などの土壌の利用しやすい場所にヘアリーベッチの種を播く。次の年、ヘアリーベッチが花盛りの5月下旬、刈り取って土の上に敷く。ヘアリーベッチの花が満開になるまで待ってカットするが、早すぎると再び発芽して草が生えてしまうし、遅すぎると実をつけてしまうので難しい。ドウズはトマト、ペッパーなどの野菜をヘアリーベッチマルチの中に移植する。

 菌根菌類 の越冬について生きた根が頼りになることを学んだマザーの編集長シェリル・ロング(Cheryl Long)は、植床間の通路沿いに多年生のアルファルファを植えた。「栽培用の場所も取らないし、夏は収穫して蛋白質たっぷりの鶏の餌にするの。」と言っている。

 多くの農家は肥料の与え過ぎが有害であることを知っているが、リンが合成肥料の他の2つの成分(窒素、カリウム)よりも早く効くことを知らない場合がある。リンの頻繁で過剰な施肥は菌根菌類の育成を阻害するレベルになりやすい。リンは合成肥料の成分含有率を示すN-P-Kの中央の数値である。土壌を調査してリンが少ない場合を除き、リンの含有率が低い肥料を選ぶこと。

 

新しい方法を学ぶ

 科学者が目に見えない不思議な菌根菌類が土の中にいることを教えてくれたのだから、今や最小限の耕作と常にカバープランツを植えることが良い作物を育てるための決め事と考えてはどうか。作物が菌類との素晴らしい共生関係を築くためにさらに一歩進めたい場合は、ドウズがロデール研究所(Rodale Institute)と協力して開発した新たな技術を利用して接種菌を培養し、移植用の苗が若い時期から元気に育てることができる。詳細はロデール研究所まで。

 菌根菌類を意識して栽培する際、心配に及ばない事が2つある。第1は、ドウズによれば、すでにある畑の土には、有益な菌類を植え付ける必要はないということ。すでに植物が植わっており、刈り取られていなければ菌類は存在している。第2は、ビート、ホウレンソウ、アブラナ科類(ブロッコリ、芽キャベツ、カリフラワー、コラード、ケール、ダイコンなど)にとっては無用だということ。これらは菌類との共生が不要な数少ない作物。

 

植物と菌類の共生関係を促進する方法

・耕作を最小限にすること。

・常に、冬でも、植物を植えておくこと。

・輪作すること。

・殺虫剤、化学肥料を避けること。

・リンの過剰施肥を避けること。数年ごとに土壌を調査するとよい。

 

 

ナショナルジオグラフィック協会(National Geographic)に長年貢献した野生生物学者ダグラス・H・チャドウィック(Douglas H. Chadwick)は大型の野生動物の研究を重ねてきたが、子供の頃に顕微鏡を手にしてから微生物にも興味を持っている

 

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Mycorrhizal Fungi: The Amazing Underground Secret to a Better Garden

By Douglas H. Chadwick 

August/September 2014