アップルパイよりアメリカ的なチリ

マザーアースニューズ  料理 レシピ

このシンプルで、幅広い魅力を持つ料理は、南西部の料理の歴 史の中でも重要な地位を占めている。

 

文:クリス・コルビー(Chris Colby)

翻訳:松並 敦子

 

「アップルパイのように極めてアメリカ的」という慣用句がありますが、りんご、パイ、そしてその組み合わせの発 祥がそれぞれ中央アジア、エジプト、英国であることを考えると、とても面白いですね。また、アメリカにはホットドッ グ、チーズバーガー、チョコレートチップクッキー、ロブスター・ロール、スモア[焼いたマシュマロとチョコレートの層を 2 枚のグラハムクラッカーで挟んで作るお菓子]、フォーチュン・クッキー、ピーナッツバター、ポテトチップスといったアメリ カ発祥の食べ物は少なからずあります。さらに、ファヒータ、ナチョス、チミチャンガ、チリコンカンといったテクス・ メクス料理全体がアメリカ発祥の料理です。アメリカ発祥料理のしんがりと言えば「肉入りのチリ」ですが、これは 単に「チリ」と略称されることが多いです。アップルパイとは違って、チリは疑いなくアメリカ生まれです。

 

テキサス生まれ

 チリのようなタイプのレシピが初めて登場したのは、J.C. クロッパー(J. C. Clopper)が 1928 年にテキサス州サンア ントニオの貧しい家族が作ったビーフシチューについて「肉片と同じくらい多くの唐辛子が入ったハッシュ(細切れ 肉料理)と記述したときです。しかし、この料理は、それよりずっと前から存在していた形跡があります。1850 年 代、テキサスのカウボーイは乾燥牛肉、スエット[牛・ヒツジの腰や腎臓の辺りの堅い脂肪]、チリペッパー、塩、コショウ を混ぜ合わせたものを長方形の「チリのブロック」に固め、保存するために乾燥させておいて、後日、家畜を市場に 連れて行く道中で、そのブロックを水で煮てスパイシーなビーフシチューを作っていたのです。現代のアメリカ人が大 好きな料理は、こうした 2 つの異なる形態の料理から発達しました。

 1860 年代までには、この料理はサンアントニオで大人気となり、町は「チリクイーン」で有名になりました。チリ やタマーレ[トウモロコシ粉の生地でチリ味の挽肉を包み、更にトウモロコシの皮で包んで蒸した料理]、そして他のテクス・メクス料 理を販売する屋台がミリタリープラザ、その後にはアラモプラザやヘイマーケットプラザで急増しました。こうした 屋台の多くはラテン系家族によって営まれ、たいていは女性がリーダーで、朝にやって来てはテントを設営して、自宅 で用意してきたチリを鍋から出してお客さんに提供していました。中には、ミュージシャンたちに食事を提供する屋台 もあり、彼らが屋台の前で演奏して顧客を引き付けていました。安い食べ物とお祭りのような雰囲気が、さまざまな 立場の人たちを魅了していたようです。夕刻になると、各家族は屋台をたたんで家に持ち帰り、その翌日も同じことを 繰り返していました。

 当初チリクイーンと言われたのは、ごく数人の女性だけでした。特に有名だったのは サディ・ソーンヒルとマーサ・ガルシアで、このように屋台が集まり始めた頃から、よ く知られた存在でした。しかし、しだいに観光客がチリ屋台の女性全てをチリクイーン と呼び始めました。しかし、一方では屋台を営む人たちはチリクイーンという言葉を夜 に最も多くのチリを販売した人に限定して使っていました。その後、チリクイーンはチ リ屋台のたいていは十代の娘たちを指す言葉になっていきました。安い食べ物とさすら いのミュージシャンたちがサンアントニオの住民、地域に駐屯する兵士、また観光客も 引きつけました。屋台の数は数百にまで膨れ上があり、天気が良ければ、数千人ものお客が集まりました。

 

チリが全国区に

 やがて、チリは全国的に注目を集め始めるようになりました。1893 年にはコロンブスのアメリカ大陸発見 400 周年 を記念して、万国博覧会がシカゴで開催されました。ニーニャ号、ピンタ号、サンタマリア号の実物大レプリカ、新 製品の紹介、多種多様なパフォーマンスに囲まれるように、テキサス州はサンアントニオのチリ屋台を設営しまし た。全国から訪れたアメリカ人がテキサスのスパイシーな料理を味わい、それから間もなく、テキサス州以外の都市 でもチリ屋台が登場するようになりました。 意外なことに、チリはメキシコでは流行りませんでした。今でも、一部のアメリカ市民はチリを「メキシコ料理」 だと思っていますが、メキシコの住民は以前から、そして現在も直ちにチリの本当の起源を指摘して、メキシコとチ リとの関係を否定します。実際、1898 年出版のメヒカニスモ辞典(Diccionario de Mejicanismos)には、チリは「誤っ てメキシコ料理だと言われているが、テキサスからニューヨークシティーにかけて販売されている嫌な料理」との説明 があります。

 1900 年代の初頭には、チリを作るのに必要なチリペッパーと他のスパイスが多くの北部の町では簡単に手に入れら れませんでした。これは今も変わりません。1895 年に、テキサス州コーシカナの牧場主ライマン・デイビス(Lyman Davis)がウルフブランドのチリの缶詰を全国に広めました。また 1908 年には、テキサス州ニューブローンフェルズの ウィリー・ゲープハルト(Willie Gebhardt)もチリの缶詰を作り始めました。しかし、チリ料理の人気を高めたゲープ ハルトの最大の貢献は、チリパウダー、つまりあらかじめチリに必要なスパイスをブレンドしたスパイスミックスを 作ったことでした。ゲープハルトのチリパウダーは今でも手に入りますし、チリを作る大半の料理人から高く評価され ています。ウルフのチリも現在も入手可能ですが、ウルフブランドは所有する企業がいくつか変わるという経緯を辿っ てきました。1977 年には、ウルフが他のチリ製造業者と共にテキサス州会議に対し、チ リをテキサスの公式食品とするロビー活動を成功させました。

 1900 年代半ばまでにはチリは大規模なビジネスへと成長し、何人もの白人アメリカ人 がこの料理で利益を上げるようになっていました。と同時に、その大半がラテン系であ る創始者の子孫たちは、サンアントニオの白人が大半の政治家によって、廃業に追い込 まれていました。市の保健当局は 1930 年代には散発的に、そして 1940 年代初頭になる と完全に、表面上はチリ屋台が不衛生な状態との理由で屋台を閉鎖しました。現代の歴史家の中には、こうしたチリ屋台の閉鎖は実際の衛生上の問題より人種差別主義の認識が大きく作用したと推測して いる人もいます。

 

チリを作る:基本

 チリを作るのに缶詰チリや包装されたチリパウダーは必要ありません。簡単なレシピは次の通りです。牛肉を粗く 挽くか細かく切ります。肉 1 オンス(28g)に対して 3 ~ 5 本の唐辛子を加えます。ワヒーヨ、ハラペーニョ、セラー ノ、アルボル、ピキンやその他の唐辛子、あるいはそれらを混ぜて使います。水を加えて濃厚なシチューを作り、肉が 柔らかくなるまで 1 ~ 5 時間煮込みます。塩を加えて、味を調えれば完成です。チリの純粋主義者の中には、この他に いろいろな材料を加えると、チリではなくなると言う人もいます。 シンプルなチリには牛肉の粗挽きが最適です。「通常の」挽き肉にはたいてい 30% の脂肪が含まれているので、か なり脂っこいチリになります。脂肪の一部をすくい取ることもできますが、唐辛子に辛さを与える分子のカプサイシン は脂溶性なので、脂肪をすくい取ると辛さまで失くしてしまうことになります。牛肩の挽き肉、牛モモ肉の挽き肉、 サーロインの挽き肉の順に脂肪が少なくなり、それぞれの脂肪含有率は 20%、15%、10% です。牛肩の挽き肉は比較 的安価なのに、それほど固くも筋っぽくもないので、チリに適しています。大きな塊肉からチリを作るなら、細かく切 る前に余分な脂肪を取り除いて、粗挽き肉と同じくらい細かい立方体に切りましょう。最初に肉に焦げ目をつける必 要はありません。

 

絶対にリス肉は入っていないチリのレシピ

 このレシピはリス肉が全く入っていないにもかかわらず(あるいは、おそらくそのために)、 『2018 Austin ZEALOTS Chili Cookoff(2018 年オースティン屋外チリ狂信者の料理コンテス ト)』で優勝しました。出来上がり分量:7 人分。

 

材料:

• リスの肉・・・0 g

• 牛肩肉のステーキ(細かく切っておく)・・・1 ポンド(450g)

• 牛モモ肉の挽き肉(85% 低脂肪)・・・2 ポンド(910g)

• トマトソース・・・12オンス(355ml)

• 低塩ビーフブロス・・・12オンス(355ml)

• アンバーラガー・・・12オンス(355ml)

• 乾燥レッドアルボル(3 か 4 等分に引きちぎっておく)・・・11 個 • チリパウダー・・・大さじ 11

• クミンパウダー・・・大さじ 2

• スパニッシュパプリカ(Spanish paprika)・・・小さじ 2

• カイエンペッパーパウダー・・・小さじ 1/2

• オニオンパウダー・・・大さじ 1 杯半

• ガーリックパウダー・・・小さじ 2

• ブラックペッパー・・・小さじ 3/4

• ビーフブイヨンキューブ・・・3 個

• サゾン[sazón seasoning:スペイン料理の調味料]・・・小さじ 2 杯半

 

作り方: このレシピで脂肪を減らしたい場合は、ダッチオーブンで牛肩肉のステーキを薄いきつね色になるまで(外側に赤い部 分がなくなるまで)焼いておく。肩肉を取り出し、それから牛モモ肉の挽き肉を軽く炒める。好みに合わせて油を捨てる。焦げ目 の付いた牛肉をダッチオーブンに戻し、トマトソース、ビーフブロス、ラガーとチリペッパーを加える。沸騰したら、蓋をしないで 30 分煮立てる。

 残りのスパイスと調味料の半量を加え、よくかき混ぜ、蓋をして弱火で 30 分煮込む。約 10 分おきにかき混ぜる。弱火にしたま まかき混ぜては、焦げていないか確認する。

 残りのスパイスと調味料を加えてかき混ぜ、蓋をしてさらに 30 分煮込む。必要なら、マサハリナ[トウモロコシ粉]でとろみを つける。

 熱々のうちに食卓に出す。。。

 

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