ご馳走を楽しもう。自家製コンビーフ。

聖パトリックの祝日の定番料理を近年の工夫をいくつか加えて生まれ変わらせよう。

文と写真:スティーブン・ライクレン (Steven Raichlen) 

翻訳:松並 敦子

 

私の祖父の時代には、ニューヨーク市のディランシー・ストリートのあちらこちらにあるデリカテッセンや肉屋で、天下一品のコンビーフを手に入れることができました。ところで、エメラルドの島と称されるアイルランドのコンビーフが、どのようにニューヨークスタイルのデリカテッセンに登場するようになったのでしょうか?

 料理の第一人者のダリナ・アレン (Darina Allen) によれば、アイルランド人は 11 世紀から牛肉を塩漬けにしていたそうです。コンビーフの「コン」は、大きな塩の粒を意味する中世の言葉です。当時の肉屋が使っていた荒い岩塩には大麦ほどの大きさと形をした粒が含まれていたので、この「塩の粒」が「コンビーフ」という名前につながったようです。アイルランド人は主に豚肉と羊肉を食べ、牛肉は特別な日のためにあらゆる方法で保存していました。イギリス人は 12 世紀にアイルランドを征服した時、アイルランドに巨大な畜産農場を作りましたが、1660 年代に制定された法律によって、アイルランドで育った牛を生きたままイギリスに輸出することが禁じられたのです。その結果、アイルランドの牛肉価格は急落し、アイルランドの肉屋たちは余った牛肉の腐敗を防ぐために、塩漬けにしました。

 アイルランドのコンビーフは大きなビジネスとなり、英国王室海軍の水兵、ウエリントン軍の歩兵、カリブ海のプランテーションの奴隷軍人たちの腹を満たしました。コンビーフは植民地時代のアメリカや、インド、アフリカ、アジアのイギリスの前哨部隊に輸出され、ダブリン、コーク、ベルファストは文字通り世界を養うコンビーフ産業で豊かになったのです。

 しかし、残念ながらコンビーフは平均的なアイルランドの農民や工場労働者には、高嶺の花でした。アイルランドの庶民は、アイルランド・ジャガイモ飢饉の難民がニューヨークシティに定住した 1800 年代半ばになってようやくコンビーフをちゃんと食べ始めるようになったのです。米国は賃金が高く、牛肉も豊富にあったので、アイルランド移民も高くて何世紀もの間、手が届かなかった肉をやっと買えるようになりました。アイルランド人は長年にわたり牛肉を塩漬けにしていたのですが、必ずしもブリスケットばかりを塩漬けにしていたわけではありません。彼らはマンハッタンのロウワー・イースト・サイドに住むユダヤ人の隣人にならい、ブリスケットを塩漬けにするようになったのです。

 現在のコンビーフは、その名の由来となった当時のアイルランド人たちが作っていたものとは劇的に違いますが、その人気は何世紀もの間、全く衰えを知りません。

伝統的なコンビーフのレシピ

これから紹介するのは驚くほど簡単に作れる伝統的なコンビーフのレシピです。コンビーフの塩漬けは、スパイスなどを加えた塩水に漬け込むことだと考えてください。水をかき混ぜ沸かすことができれば、コンビーフは作れますが、事前の計画が必要です。と言うのは、肉を塩漬けにするのに 8 日間、調理するのに 3 時間半ほどかかることを計算に入れなければならないのです。出来上がり分量: 6~8 人前。

塩漬けの材料 

粗製海塩またはコーシャーソルト・・・1 カップ (240ml)

ライトブラウンシュガーまたはダークブラウンシュガー・・・1/2 カップ (120ml)

漬け込み用スパイス・・・1/4 カップ (60ml)(レシピは下記参照のこと、あるいは好みのブランドのスパイスでも構わない。)

ピンクの塩漬け用塩・・・小さじ 2

アイリッシュウイスキー・・・1/4 カップ (60ml)

ブリスケットフラット・・・1 枚(3~4ポンド/1361~1814g)

 

料理材料

ホールクローブ・・・1 個

ローリエ・・・1 枚

中サイズのタマネギ(皮を剥き四等分しておく)・・・1 個

ニンジン(皮を剥き整えておく)・・・3 本

セロリ・・・3 本

 

作り方:大きな耐酸性の深鍋でお湯 2 カップ、粗塩、ブラウンシュガー、漬け込み用スパイス、ピンクの塩漬け用塩を混ぜ合わせ、塩水を作る。深鍋を強火にかけ沸騰させる。室温まで冷まし、冷水 2 カップとアイリッシュウイスキーを入れてかき混ぜる。

 塩水を用意している間に、少なくとも 5mm 以上の脂肪層を残し、ブリスケットを整えておく。

 ブリスケットと塩水を 2.5 ガロン (9.5L) の丈夫なジッパー付き袋に入れる。袋を密封し、オーブン皿かプラスチック製の容器に入れる。あるいは、ぴったり蓋ができる浅いガラス容器に塩水とブリスケットを入れてもよい。

 ブリスケット入りのバッグを毎日回して、コンビーフを冷蔵庫の中で 8 日間塩漬けにする。

 水切り用ざるの中にブリスケットを出し、塩水を捨てる。深鍋に新鮮な冷水を入れ、ブリスケットを入れる。1 時間ほど水に浸けてから、また水を切る。

 オーブンを 150℃ に予熱する。

 コンビーフをダッチオーブンに入れ、コンビーフの上に水が 3cm 弱被るまで水を加える。中火~強火にかけ沸騰させてから、ぐつぐつする程度まで火を弱め、表面に浮かぶ泡状のあくを取り除く。

 四つ割りしたタマネギの 1 つにクローブをピン代わりにしてローリエを留める。玉ねぎをニンジンとセロリと一緒に塩水の深鍋に加える。(ニンジンやセロリが少し噛み応えのある方が好みの場合は、2 時間蒸し煮した後でニンジンとセロリを加える。)

 ダッチオーブンを蓋かホイルで覆い、オーブンの中に入れる。コンビーフがとても柔らかくなるまで約 3~3 時間半蒸し煮にする。(コンビーフの柔らかさはフォークを刺して確かめる。柔らかくなっていれば、フォークが肉に簡単に刺さるようになる。)

 コンビーフを溝の付いたまな板に移す。この時点では、温かいままでも冷たくしても食べられる。コンビーフを温かいまま食べる場合は、肉の繊維に対して垂直に 5mm 程度の厚さにスライスする。(後で肉の上にかけるためのブロスを少し残しておく。)マスタードをつけたライ麦パンや茹でたジャガイモやキャベツを添えて食卓に出す。コンビーフを冷たくして食べる場合は、室温まで冷ましてから、冷蔵庫に入れ冷たく固くなるまで冷やす。それから薄切りにして、マスタードをつけたライ麦パンを添えて食べる。

  

漬け込み用スパイス

 私は市販されているブレンドスパイスより、自家製の漬け込み用スパイスの方が好きです。自家製の方が味や香りを好みにカスタマイズできるし、確実に新鮮なスパイスが使えるからです。出来上がり量: 1/4 カップ (60ml)。

ジュニパーベリー・・・10 個

オールスパイスの実・・・6 個

クローブホール・・・6 個

乾燥ローリエ(砕いておく)・・・2 枚

シナモンスティック(3 つか 4 つに折っておく)・・・8cm 弱

ブラックペッパーホール・・・大さじ 1

コリアンダーシード・・・大さじ 1

マスタードシード・・・小さじ 2

粉末生姜・・・小さじ 1/2

 

  材料をボウルに入れ混ぜ合わせる。この漬け込み用スパイスは、高熱と日光を避け、蓋付きの容器に入れておけば、室温で少なくとも 2 ヶ月保存できる。

スモークコンビーフのレシピ 

 たいていのブリスケット料理と同じように、伝統的なコンビーフは柔らかくするために、低温でゆっくりと水分たっぷりの状態で調理しなければなりません。そこで、私は数年前に、蒸し煮する代わりにコンビーフを燻製にすることを思いつきました。外側がコショウで覆われてないパストラミのようなものだと思ってください。(パストラミはニンニクが強すぎると感じている方にとっては、完璧な塩漬け肉でしょう) 燻製することで、伝統的なコンビーフにはない複雑で深みのある風味が加わります。

 コンビーフはブリスケットフラットという牛胸肉の赤身で作るので、パストラミより脂肪分が少ないです。そのため、私は燻製時間の 2/3 程度をホイルで包んで燻製するやり方を好みます。ホイルの中に充満した蒸気が肉の繊維を壊して、肉が柔らかくしてくれるのです。出来上がり分量:6~8 人前。

材料

ヒッコリーか他の広葉樹の燻煙材(塊かチップ)

伝統的なコンビーフ(塩漬けにして火を入れてない状態のもの)

ライ麦パン、マスタード、ピクルス、ザワークラウト、コールスロー(添えて食卓に出すもの)

 

 作り方:手持ちの燻製箱、燻製器具、グリルなどを器具の説明に従い点火し、120℃ に加熱する。広葉樹のチップを使う場合は、水に 30 分浸けてから水切りし、器具の指示通りに加える。1クォート (950ml) の温水を入れた金属ボウルかアルミ容器を燻製器の中に置く。こうすると、燻煙が肉につき、ブリスケットがしっとりするのに役立つ。

 燻製器の中に、塩漬けしたブリスケットを脂肪面を上にして置く。オフセット燻製器を使う場合は、ブリスケットの分厚い方を火元の近くに置く。ブリスケットの表面が濃い茶色になり、肉の中心温度がバーベキュー用デジタル温度計で測定して 74℃ になるまで、6~8 時間燻す。必要に応じて、燻製器に燃料を補給する。

 耐熱手袋をはめ、コンビーフを丈夫なホイルで端にひだをつけてぴったり密着させるようにきっちり包む。コンビーフをさらに 2 時間、あるいは必要であれば肉の中心温度が 96℃ に達するまで燻す。

 ホイルで包んだコンビーフを断熱クーラーバッグに入れ、1~2 時間休ませる。(この間に、肉は休んで肉汁を全体にいきわたらせる。)

 コンビーフを溝のついたまな板に移し、ホイルを外す。この時点では、コンビーフは温かいままでも冷たくしても食べられる。温かいコンビーフを食べるなら、刃が長くて鋭いナイフで、肉の繊維に対して垂直に 5mm 程度の厚さにスライスする。冷たくして食べるなら、室温で冷ましてから、ホイルに包み、冷蔵庫で固く冷たくなるまで冷やす。紙のように薄くスライスし、マスタード、ピクルス、ザワークラウト、コールスローを添えて、ライ麦パンの上にのせて食卓に出す。 

コンビーフとキャベツのレシピ

 

 ここ米国では、コンビーフとキャベツが聖パトリックの祝日の典型的な素晴らしい料理とされています。世界で一番の自家製コンビーフを用意しましょう。自家製コンビーフがなければ、生のコンビーフを使いましょう。生のコンビーフは、特に聖パトリックの祝日とイースターの時期にはスーパーの精肉コーナーで手に入るでしょう。もちろん、宅配で注文してもいいですね。コンビーフとキャベツを大鍋に入れて煮たり、ダッチオーブンで蒸し煮にすることができます。蒸し煮の方が手間がかからないかもしれません。出来上がり分量:6~8 人前。

生のコンビーフあるいは伝統的なコンビーフ(塩漬けにして、火を入れていない状態のもの)・・・1 つ(1300~1800g)

ローリエ(砕いておく)・・・ 2 枚

カラシの種・・・小さじ 1

ブラックペッパーホール(コショウ粒)・・・小さじ 1

オールスパイスの実・・・小さじ 1

サボイキャベツ(ちりめんキャベツ)・・・ 1 玉(900g)

大きめのニンジン(きれいにして皮を剥き、5㎝ の輪切りにしておく)・・・3 本

中サイズのタマネギ(皮を剥き、四等分に切っておく)・・・ 2 玉

ユーコン・ゴールド [メイクイーンに似た黄色のジャガイモ] または茹でたジャガイモ(皮をむいて 5㎝ くらいに切っておく)・・・ 450g

無塩バター・・・大さじ 3

刻んだ生のイタリアンパセリまたはチャイブ・・・大さじ 1(お好みで)

スパイシーマスタード(好みで食べる時に添えるために)

 

 作り方:コンビーフをダッチオーブンに入れる(蒸し煮にする場合は、オーブンを 150℃ に予熱しておく)。

 袋状のガーゼの中にローリエ、カラシの種、コショウ粒、オールスパイスの実を入れ、口を閉じておく(あるいは、これらのスパイスをホイルで包み、フォークでホイルに穴をあける)。こうして用意したスパイスを鍋に加え、コンビーフの上  5cm ほど被る程度の水を加える。

 コンビーフを強火で沸騰させ、表面に浮かぶ泡をきれいに取り除く。コンビーフがグツグツする程度の弱火にし、蓋をしないで約 2 時間、柔らかくなるまで煮る。(あるいは、ダッチオーブンに蓋をして、オーブンの中に入れ、コンビーフが柔らかくなるまで約 2 時間蒸し煮にする。)

 キャベツから傷のついた葉を取り除く。キャベツは芯を中心に半分に切る。キャベツの芯は V 字に切り込みを入れて取り除く。半分に切ったキャベツを四等分にすると、楔型のキャベツが 8 個できる。

 鍋に野菜を加え、柔らかくなるまで 1 ~ 1 時間半以上煮込む(あるいは蓋をして蒸し煮にする)。水はコンビーフと野菜の上に 3㎝ 弱被ってなければならないので、足りなくなったら水を加える。(蒸し煮の場合、水分過多になることもある。水分が多すぎる場合は、野菜を加えた後、ダッチオーブンの蓋をとったままにする。)

 食卓に出す前に、スパイスの束を取り出して捨てる。コンビーフは溝のついたまな板に移し、肉の繊維に対して垂直に、好みの厚さにスライスする。スライスしたコンビーフを大皿や各自の皿に盛りつける。穴あきスプーンを使い、茹でた野菜をコンビーフの横に飾り付ける。コンビーフと野菜を茹でた汁は鍋に残したままにしておく。

 大きな耐熱ボウルに残しておいた茹で汁を 1.5カップ (360ml) 入れる。バターを加え、溶けるまで混ぜる。このバターを加えたソースをコンビーフと野菜の上にスプーンでかける。好みでパセリを振りかけ、スパイシーなマスタードをたっぷり添えて食卓に出す。 

スティーブン・ライクレン (Steven Raichlen) は 2015 年にバーベキューの殿堂 (Barbecue Hall of Fame) 入りした。彼の本は 5 つのJames Beard Awards を受賞し、17 の言語に翻訳されている。 本稿は「The Brisket Chronicles」(Workman Publishing)からの抜粋。

 

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