北米先住民族の植物園

マザーアースニューズ 自然 自給 DIY

モントリオールの植物園を歩いてみよう。さまざまな地形豊富な自生植物の品種が体現する、先住民族の歴史と伝統を見てみよう。

文:ケール・ロバーツ(Kale Roberts)

翻訳:浅野 綾子

 

 「はじめに大地にあったのは、植物と動物だけだった。グレイトスピリットは満足したものの、退屈して、大地に人間が暮らすことを望んだ。そこでグレイトスピリットは、まっすぐに伸びた、大きなセイヨウトネリコの木の「mkazawi maahlakws」から人間を彫り出した。西の人々が生まれたのはこうしたわけだった」

カナダのアベナキ族のこの神話はケベックのオダナク・バンド評議会から再話の許可を得て、この植物園で語られています。この伝説は、北アメリカ東部一帯に住む、多くの先住民族に共有されている木と人間の深い文化的絆を示すものです。湿り気の多い沼地に繁茂する、数少ない大本植物のひとつとして、セイヨウトネリコは樹皮がとりわけ重要でした。世代を越えて、アベナキ族はこの樹皮を籠作りに重用してきました。交代で火の横に座り、倒伏した黒いセイヨウトネリコの幹を熱して、棒で打てば、年輪を幹から一枚ずつ外すことができます。これを丸めて長いコイル状にし「セイヨウトネリコのへぎ板」にスライスすれば、すぐにでも趣のある便利な籠に編みこめます。

 ステファノ・ビオラ(Stefano Viola)は、私がモントリオールのファーストネーションズ・ガーデンについて話した時、このへぎ板にするプロセスを説明してくれました。ビオラは、このガーデンの主任庭師です。このファーストネーションズ・ガーデンは、園芸タペストリーであるモントリオール植物園の74.5ヘクタールうち、2ヘクタールを占めます。このモントリオール植物園は「市の宝石」と呼ばれることがよくあります。ビオラは仕事を通じて、この植物園に生息する2万2千以上の植物種・品種に接しています。少なくともこのうち500種が、ケベックの北米先住民族のコミュニティで当たり前のように使われているものです。ビオラはその500種すべてを知っているかのようでした。

 ドキュメンタリー映画『César et son canot d’écorce』に触れながら「ファーストネーションズ・ガーデンに独特の文化的側面があります」と言うビオラ。この映画はマナワン(Manawan)のアティカメク族のコミュニティに住む、67歳の男性についての映画です。この男性はほとんど手だけで、アメリカシラカンバの木から海で使う舟をつくり出します。ビオラが植物を語るとき、話は決まって先住民族の伝統の知恵の話になり、さらにはその知恵にまつわる一つひとつの技術について、ユーチューブにあげられたお気に入りの動画の話もついてきます。また、食べもの、薬、精神修養を含む「4つの使い道」をめぐる、森林の資材と先住民族の関係についても語ります。

 もう一つ、特に印象深いのが、ビーバーの歯についての話です(おまけにユーチューブのおすすめまでついていました)。この話は、森林資材の使い道の4つめ、建物作りについての話です。クレー族がつくる有名な万能ナイフ、「muuhkutaakan(曲がりナイフ)」は、ビーバーの切歯から作られています。円を描くようにして(常にナイフを扱う人の方向に向かって)つかう曲がりナイフは、木を切る、滑らかにする、角をとる、磨く、彫るのに使います。このナイフを使えばカヌーの肋材や被覆材、雪靴の底枠や横板も、時間をかけずに作ることができます。

 自然と歴史の物語が交差するこの場所が、ファーストネーションズ・ガーデンが発展する場所。ファースト ネーションズ・ガーデンの存在は、この地域の長く、複雑な歴史、そして部族同士の究極の共生の化身としての意義もあります。

 

植物園の中を歩く

 ファーストネーションズ・ガーデンを訪れる機会があるなら、先住民族の技術について多くのことを学ぶでしょう。そして、カナダ最大のミュージアム複合施設「Space for  Life」の中に広がる、23あるテーマの植物園のひとつの中にいる自分に気づくことでしょう。この複合施設にはプラネタリウム、昆虫飼育館、さらには日本と中国の園芸伝統をテーマにした、2つの文化庭園もあります。道路から一番奥まったところに位置するファーストネーションズ・ガーデンは、植物園複合施設の中心にあります。道路の騒音や空に浮かぶ街のシルエットの影響がほとんどないため、別世界に骨の髄まで浸れるかもしれません。

 吹き抜けのパビリオンは歩きはじめるのに良い場所です。針葉樹と楓の木が並んだ小道の先に現れる、現代的なコンクリートにガラス、鉄筋構造の建物は、イロコイ連邦のロングハウス様式に似せています。ゆるやかに波を打つ屋根のシルエットは、古代の曲がりくねった小道を思わせます。この建物は、文化的、物理的、両方の意味合いにおける、異なる世界の間のフィルターとして設計されました。さらには、ファーストネーションズ・ガーデンの4つのゾーンを区切るものとしても設計されています。4つのゾーンはそれぞれ、ケベック独自の生物群からその一つひとつを表しています。そのゾーンとは、北方領域(northern territory)(スカンジナビアのタイガの風景に似ていることから、ビオラは「ノルディックゾーン」と呼びます)、広葉樹林、針葉樹林、それから泥炭地です。

 

北方領域ゾーン

 「興味深いことに、ケベックの先住民族の人々は、北欧のサーミ族に手作りの雪靴を贈っています」とビオラは言い、カナダのイヌイットのコミュニティと、ノルウェーの先住民サーミ族の間の現代的な文化交流についての物語を熱心に語り始めました。この文化交流は、助け合いの精神を体現しています。「贈られたサーミ族の人々は、こんなに完璧な雪靴は見たことがないと言っていました」 

 4つのゾーンの中で、北方領域にいるときが一番時を超越したような感じがするかもしれません。クロトウヒは小さいままで、しぼんで土に戻っていくように見えます。この地に生えるのは低木と草ばかり。イヌイットの人々は、この生態系から生まれる綿花(学名 Eriophorum)を、オイルランプの芯として使います。石は「Inuksuks」と呼ばれる人型に積まれ、カリブーを待ち伏せして囲い込むという伝統的な用途にいつでも使える状態です。現代の都市が周囲を囲んでいながら、まるで古代のツンドラが時を超えてどうにか持ち堪えたかのようです。当然のことながら、現実はむしろその逆なのですが。

 現在生誕20年のファーストネーションズ・ガーデンは、先住民の専門家と広範囲に及ぶ打ち合わせが何年も行われた後、非常に緻密な計画・建設作業を経て生まれました。先住民の専門家は、庭に命を吹き込むという役割から「animateurs」と呼ばれます。アベナキ族に加え、イロコイ連邦(部族連合)、クリー族、さらに8つの北米先住民族が、現在ケベックと呼ばれるこの地の地形を共有しています。各部族は、この地域の生態系とそれぞれ独自の関係性を築いています。モントリオール植物園は、園のガイドとの打ち合わせの際、解説に正確を期すために民族学者を雇いました。

 ある打ち合わせの間、計画地をはるばる訪ねたイヌイット族のメンバーは、北方領域のゾーンをどのように造るかという問題への答えに窮していました。その日の終わり、モントリオール植物園の別のエリアである「アルパイン・ガーデン」をメンバーが横切った時、針葉樹と、土のミネラル成分の香りが漂ってきました。「これこそ、このゾーンに造ってほしいものですよ!」。ビオラはメンバーが言った言葉を思い出します。「針葉樹が見つかると、いつもと言っていいほど、我々は狂喜乱舞するんです」

 在来植物は、園芸店では簡単に手に入りません。ケベックのヌナビクから飛行機で輸送された北極の植物は、計画地が準備できるまで数か月間、枯らさずにおくのは難しいとわかりました。枯らさないために冷やしておくことが必要な北方領域用の植物は、発泡スチロールの箱の山を使って保管されました。採集時、庭造りのチームは厳格な義務論[カントの道徳論]の規範を守っています。この規範とは、場所の撤去が予定されていない限り、自然に生えている植物を採集してはいけないという決まりです。ビオラは、マギル大学が所有する自然保護地区の隣にあった、モントリオール郊外のある土地が住宅開発で買収された時のことを思い出していました。「ブルドーザーの前に走っていって、植物を集めました」とビオラは言います。 

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