時代を超えたテロワール

マザーアースニューズ 自然 自給 DIY

テロワール(ワインの味わいの決め手になるぶどう畑のある土地の性質)

スペインの田舎で自然栽培のオリーブ、アーモンド、ハーブを専門に生産するこのオフグリッド農場の基盤は、家族の絆と伝統的な技術によって築かれている。

文:トム・オーダー(Tom Oder)

写真:ヴィルジニ・ブホイ・スチュワート(Virginie Buu-Hoi Stewart)、ヘロイース・ブホイ(Héloïse Buu-Hoi)

翻訳校正:沓名 輝政

 

パリ生まれのヴィルジニ・ブホイ・スチュワート(Virginie Buu-Hoi Stewart)は、海外旅行と大都市での生活という人生の目標を達成できたことを幸運だと考えています。ベトナム、ロンドン、アメリカ、南アフリカに滞在している間、夢ではないか、と自分をつねってみても、彼女は誰にも咎められることはなかったことでしょう。しかし、最高にワクワクする目標とは言え、最終的な目的地がスペインの人里離れた場所にあるオフグリッド農場だとは、夢にも思っていませんでした。

 2017年、ヴィルジニと夫のジェームズは、スペイン・カタルーニャ地方にある母親の6ヘクタールのオリーブ、アーモンド、ハーブの農園を引き継ぎました。敷地内には12世紀の村の遺跡や教会もあります。当初はどうなることかと思ったものの、この転機は土地に対する思いがけない情熱につながったとヴィルジニは言います。「私のような本物のパリジェンヌが、ハイヒール、化粧、スーツを脱ぎ捨て、古いジーンズとブーツで農家になろうとは、誰が想像できたでしょう」と彼女は言います。

 

 

軌道修正のはじまり

 2002年、当時ヴィルジニの知らない間に、母マリア・メルセデス・テイシイズ・バイファ(Maria Mercedes Tacies Binefa:通称メルセデス)が「原点回帰」の内なる呼びかけに応えた時、娘の軌道修正が始まったのです。その年、メルセデスはスペインのラ・セガラ地方に5つの隣接した区画を購入したのです。メルセデスはその土地で育ち、今でも多くの家族が住んでいます。この土地を「サン・ミゲル・デ・トゥデラ(Sant Miquel de Tudela)」と名付け、農場にすることを計画しました。そして、1348年に黒死病で廃村になった村と、サン・ペレ・デ・トゥデラ(Sant Pere de Tudela)教会(今日地元ではサン・ミゲル・デ・トゥデラ教会として知られている)を復元しようと考えたのです。敷地内には常緑の小さな樫[学名: Quercus ilex]の森、カル・テイシイズという小屋、カル・トニロという18世紀の家屋があります。

 メルセデスは、この土地を近代化し、カル・トニロを自分と夫パトリック・ブホイのためのエコロジーな老後住宅にすることを計画していました。その夢を実現するために、彼女は雨水収集システムとソーラーパネルを家に設置しました。サン・ミゲル・デ・トゥデラの修復は、彼女の情熱の源となりました。「残念ながら、母は最後の5年間はかなり病弱で、2014年に亡くなるまでカル・トニロを修復する時間しかありませんでした」とヴィルジニは言います。

 メルセデスが亡くなってから2年半後、ヴィルジニとジェームズは、母の夢を引き継ぐという人生を変える決断をしました。当時、南アフリカに住んでいた2人は、ジェームズの仕事の契約が切れるとスペインに移り住み、都会での生活を捨てて、電気も水道も通っていないような辺鄙な場所に住むことにしたのです。この地域には、未舗装の砂利道が曲がりくねって延々と続き、絵のように美しいなだらかな丘陵地帯や、現代社会から切り離されたような原始的な畑が広がっています。幸いなことに、メルセデスが最後に手がけたプロジェクトのひとつにセントラルヒーティングがあり、カル・トニロは到着したときにはすでに入居可能な状態になっていたのです。

 母がこの土地に込めた思いを知るために資料を調べていると、メルセデスが書いた手紙が見つかり、そこにはヴィルジニに農場を継がせるという母の思いが綴られていました。それは衝撃的な発見でした。「『ああ、ママは最初から知っていたんだ』と思い感動しました」とヴィルジニは言います。「ここに来て最初の数ヶ月は情熱的だったかどうだか分かりません。自分たちが何をしているのかも分かっていなかったのです。でも、ママのファイルを読んで、このプロジェクトについてもっと知るにつれ、情熱が湧いてきたんです。そして『これを考えなければ!あれをやらなきゃ!』って」。

 

疑念を夢に変える

 母の遺志を継ぐために、ヴィルジニが最初にしたことは、母と同じように農家になるための資格を取得することでした。オリーブやアーモンドを商業的に販売するために、また、この地域に500種類もある野生のハーブを見分けるために、この資格が必要だったのです。また、植物検疫や食品衛生など、食品の取り扱いや加工に必要な資格も取得しなければなりません。さらに、B&Bを開業するためには、農村観光のライセンスも必要でした。しかし、彼女が成功するとは誰も思っていませんでした。。。

 

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